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東京地方裁判所 平成元年(ワ)9569号 判決

原告 伊東信行

右訴訟代理人弁護士 亀井美智子

被告 株式会社越生ゴルフ倶楽部

右代表者代表取締役 錦織正

右訴訟代理人弁護士 高木国雄

同 浜田広道

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 原告が被告の経営する越生ゴルフ倶楽部の個人正会員権を有することの確認を求める。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 被告は、越生ゴルフクラブを経営する会社であるところ、訴外上村邦夫は、昭和四六年八月三日に右ゴルフクラブに入会して個人正会員権を取得した。

2. 伊東利雄は、右上村から右会員権の譲渡を受けてこれを取得し、被告との間で入会契約を締結した。

3. 右伊東利雄は、昭和六四年一月四日に死亡した。

4. 伊東利雄の相続人である妻伊東美保子、長男伊東信行(原告)及び次男伊東行雄は、平成元年六月一五日遺産分割協議を行い、その結果、原告が右会員権を取得する旨の協議が成立した。

5. 被告は、原告が右会員権を取得したことを争っている。

よって、原告は、被告に対して、原告が越生ゴルフクラブの個人正会員権を有することの確認を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1の事実は不知。

2. 同2、3の各事実は認める。

3. 同4の事実は不知。

4. 同5の事実は認める。

三、抗弁

越生ゴルフクラブの会員権は、その会則によれば、会員の死亡によって会員権は消滅するものとされており、相続の対象とはならないものであるから、伊東利雄の死亡により、その会員権は消滅した。

四、抗弁に対する認否

会則の規定は認めるが、その余の主張は争う。

1. ゴルフクラブには、社団制のもののほか預託金制のものなどがあるが、被告経営の越生ゴルフクラブの場合のように預託金制のゴルフクラブにおいては、クラブという社団は成立せず、会員相互の信頼関係はない。また、会員たる地位から派生する権利義務はいずれも一身専属的なものではないのであるから、会員権を一身専属権と解することはできない。

2. 仮に、被告が主張するように会員権が相続されないとすれば、預託金返還請求権と年会費支払義務とは相続されるべきであるが、被告の会則中にはその場合の手続規定が存在しない。これは、会員死亡による預託金の返還を予想していないからである。

3. 他の預託金制のゴルフクラブにおいても、死亡を資格喪失事由の一つとしていながら、会員権の譲渡を容認している場合には、相続を認めない例はない。現在の会員権の市場価額からみて、会員権の相続性を否定して預託金の返還請求権のみを承継させるのは社会的妥当性を欠く。

4. 会員の地位と会員権とは区別されるべきである。会員の地位とは、入会承諾がされた後の会員契約上の包括的権利義務であるが、会員権とは入会承諾がされる前の入会承諾を停止条件とする包括的権利義務を指すのである。仮に、右会員の地位が一身専属であるとしても、右会員権は相続が可能なのである。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、弁論の全趣旨によれば、請求原因1の事実は、これを認めることができる。

二、請求原因2、3の事実は、当事者間に争いがない。

三、弁論の全趣旨によれば、請求原因4の事実はこれを認めることができ、同5の事実は当事者間に争いがない。

四、そこで、被告の抗弁について判断するに、そもそもゴルフクラブの会員権は、ゴルフ場経営会社と会員との間に成立している会員契約上の地位であると解されるところ(会社側の入会承諾がある前の権利義務の状態は、会社との間で、会員契約が成立していない状態であるから、そのような法律状態を会員権と呼ぶにはふさわしくないと考えられる。)、ゴルフクラブの会員の地位が相続の対象になるものであるか否かは、専ら当該契約においてその旨の約定が存在するか否かによるものと解すべきである。すなわち、一般にゴルフクラブは、その定款、会則等の規定から明らかなように、程度の差はあれ各会員の人的信頼を基礎とする親睦的団体であると認められるのであって、会員契約とはそのような団体に対する入会契約の性質を有するものと解することができるから、会員権すなわち右契約上の地位の性質も契約に特別の定めがない限り、原則として一身専属的なものと解される(いわゆる預託金制のゴルフクラブであっても、基本的な性格が変わるものではないと考えられる。)。したがって、その性質を排除して会員権の相続性を肯定するためには、会員契約上の特別の約定がなければならないと解すべきである。

そこで、本件会員権の相続性についてどのような約定が存在するかにつき検討するに、成立に争いのない乙第一号証に弁論の全趣旨を総合すれば、被告の会則第一〇条に、会員は、譲渡、退会、死亡、除名により資格を失う旨規定されていること、右会則は、いわゆる普通契約条款として会員を広く拘束するものであることを認めることができる。そして、右規定の趣旨からみると、右の各事由は現在会員についてその資格喪失事由を規定したものと解されるが、右事由からみて、会員権(会員契約上の地位)を譲渡した会員の会員権が消滅することは当然であるが、前記会則第九条においては譲受人の地位承継を会社側が承認する規定が設けられているのであるから、この場合には、所定の手続(会社又は理事会の入会承認)を経ることにより、譲受人が会員権(契約上の地位)を承継すると解すべきことは明らかである。しかしながら、会員の「死亡」の場合は、消滅すべき会員権を相続人が承継することを容認する趣旨の規定は何ら存しないのであって、このような場合には相続を認める特別の規定が存するということはできず、原則どおり会員権は消滅するものと解するよりほかはない。

原告は、会員が死亡した場合、解釈上当然に預託金返還請求権及び滞納年会費支払義務を相続人が承継することになるにもかかわらず、その旨の規定が存在しないのであるから、相続人の会員権承継に関する規定がないことはその相続を否定する理由にはならない旨主張するが、前顕乙第一号証中の第八条は会員権消滅後の預託金返還請求権についても適用されると解されるから、相続人の預託金返還請求権については規定がないとはいえない上、そもそも会員権消滅後の精算上の権利関係については私法の原則に従えば足りると解されるところであるから、そのような規定がないことは異とするに当たらないというべきであって、右主張は採用することができない。

また、原告は、この点について、会員制ゴルフクラブと預託金制ゴルフクラブとの区別が存することを前提に、預託金制ゴルフクラブの会員権は会員の人的信頼関係を基礎とするものではなく、財産権的性格が強く、相続が可能である旨主張するが、仮にゴルフクラブの類型として右のような区別が有り得るとしても、程度の差はありながら、預託金制ゴルフクラブが親睦団体的性格を有すること及びその会員契約が人的信頼関係に立脚していることはいずれも否定することはできないと解される。そして、いずれのゴルフクラブにおいてもその会員権の内容は、主として会員契約の約定の仕方によって解釈されるべきであることには変わりはないのであって、会則等の規定を離れて会員権の相続性の有無を決することはできない。そして、越生ゴルフクラブの会則の解釈は前述したとおりであるから(越生ゴルフクラブは、前述の類型によれば預託金制のゴルフクラブであると認めることができるが、なお親睦団体としての性格を払拭することはできない(会則第二条参照)。)、原告の右主張も採用することができない。

したがって、被告の抗弁は理由がある。

五、以上によれば、原告の本件請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 慶田康男)

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